一般的には「Bob Marley」によって広く知られるようになった「Reggae」ですが、MACA☆MOCARIのよき友達phat-melodyにここで簡単に説明してもらいました。

ACT1

1950年代以前のジャマイカでに人気を集めた音楽はメントであった。 メントとはアフリカの影響を強く受けて生まれた素朴なダンス音楽。しかし’50年代に入るとアメリカからのジャズやR&Bに影響される。 またそれを真似するバンドも多数結成され、後のジャマイカ独自の音楽を作る基盤がこの頃作られた。

そして野外ディスコとも呼べるサウンドシステムが生まれる。 同時にスタジオ1というレーベルが誕生する。 サウンドシステム「コクソン・ダウンビート」のオーナーでもある「コクソンドット」によって始められた ジャマイカ産ミュージックはジャズやR&Bの模倣からだんだん形をかえついに「スカ」というオリジナルの スタイルを生み出した。

この音楽を生む上で重要な働きをしたのが「スカタライツ」というバンドであった。 そしてスカの誕生と同時に’62年ジャマイカはイギリスから独立する。 スカはジャマイカだけにとどまらずイギリスまで届く人気ミュージックとなる。

また「コクソンドット」プロデュースのレーベル「スタジオワン」に負けじと「デュークリード」というプロデューサーが 「トレジャーアイル」というレーベルをスタートさせる。

同じように「スカタライツ」以外にも「プルンスバスターウェイラーズ」「メイタルズ」などの数多くのミュージシャンも 活動し始めた。 60年代も中盤を過ぎるとスカを代表する「スカタライツ」は解散。 島の音楽は大きく変わり始める。

スカよりもゆっくりとしたリズムを特徴とするロックステディが誕生した。 そして「アルトンエリス」「ケンブース」「ボブアンディ」「ヘプトーンズ」「パラゴンズ」などがこの時代に活躍した ミュージシャンであった。

60年代も末期から70年代初頭にかけてジャマイカの音楽は革命的といえるほど多様化を見せる。 具体的にはダブの発明、DJの出現、そしてレゲエが誕生する。スカやロックステディよりメッセージ色の 強いレゲエはジャマイカ島だけにとどまらず世界的に波及することになる。

大きな存在としては、'72年に英国の「アイランドレーベル」と契約した「ボブ・マーリィー」がいる。 また、「ジミークリフ」が出演した映画「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」('72年公開)もレゲエを世界に 伝える大きな役割を果たした。

 レゲエが世界的に広がって行く一方、ジャマイカではDJ達の躍進が続いていた。「U-ロイ」「デリンジャー」「デニス・アルカポーン」などのDJ達はサウンドシステムを舞台として、ローカル な島のヒーローとなっていく。それと共にラスタファリに強く影響された「バーニング・スピア」「アビシニアンズ」「イスラエル・バイブレーション」などのミュージシャン達の活動により、ラスタファリの存在も大きくなって行く。

'70年代中盤を過ぎると、それまでジャマイカでの主流を占めていたレーベル「スタジオ・ワン」「トレジャー ・アイル」に代わり「チャンネル・ワン」が登場。 専属バンドは「スライ・ダンバー」が率いる「レボリューショ ナリーズ」が務めレゲエシーンの世代交代を印象ずけた。このレーベルからは、「マイティ・ダイヤモンズ」 「タムリンズ」などが多数のヒットを送り出し、'78年には、映画「ロッカーズ」も公開されている。 '70年代には、「デニス・ブラウン」「グレゴリー・アイザックス」「リー・ペリー」「オーガスタス・ パブロ」「インナーサークル」など現在でも活躍する大物アーティストを育てたレゲエ成熟の時代とも呼べる だろう。

'80年代初頭、「ブラック・ウフルー」が世界的に成功を収めていたが、'81年の「ボブ・マリィー」の死と 前後してメッセージ色の強いレゲエはだんだんと勢力を失って行く。

 それに代わったものが、ジャマイカ島内 で人気を誇るDJ達であり、ダンスホールブームが到来した。代表的なDJは、「イエローマン」「チャーリー・ チャプリ」「トーヤン」等の名が挙げられる。

 シンガーでは、「フレディー・マクレガー」「シュガー・ マイノット」「ココ・ティー」等も見逃せない、そしてバンドでは、「ルーツラデックス」・・・。 '70年代から活躍する「スライ・ダンパー」、も「ロビー・シェークスピア」とコンビを組み「スライ&ロビー」 「タクシー・ギャング」の名で活躍した。

'80年代前半ダンスホールブームは、ジャマイカの音楽産業の大きな転換期となりレコードをバックに歌う 「DJ」というスタイルの手軽さは、玄人と素人の差を縮め昨日まで街をブラブラしていた若者の誰もが次の日 には、島のトップアーティストになるチャンスを与えた。

’85年には「ウェインスミス」の「スレンテン」と呼ばれるリズムの登場した。 安価なキーボードから作られるリズムは島の音楽勢力図を一変させた。

「ステンレン」と同じスタイルと同じスタイル(コンピュータライズド)の音楽が氾濫することになる。 このスタイルで名をあげたミュージシャンが「スティリー&クリーヴィー」の二人組であった。

’90年代に入ると「シャバランクス」「タイガー」などジャマイカで活躍するアーティストがメジャーレーベル に続々進出。 レゲエが世界のマーケットに流出したことにより、ハウスやヒップホップなどとミクスチャー化した極めて 今日的な音楽が誕生した。

そしてこのようなレゲエの多様化は今後もますます進みそうだ。

さらにジャマイカのサウンドシステム(野外ディスコ)もインターナショナル的になりヨーロッパそして 日本でも多数のクルーが活躍している。

to be continued

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